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医療素材イノベーション

「治せない」を「治る」に変える医工連携プロジェクト

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003
Published
Keywords
  • 医工連携
  • AMED
  • 自己組織化
  • 治験
  • 再生医療

Introduction

この世界に治らない病気がある限り、医学には完成はない。患者さまの苦しみに寄り添い、その病を治す方法を探し求めるのが医師である。

大阪医科大学では、まだ世の中にない治療法を可能するために、最先端のものづくり企業の技術と医学研究を融合させた「医工連携プロジェクト」 を積極的に推進している。この記事では、3人の先生たちが取り組む現在進行中のプロジェクトを紹介する。

子どもと一緒に成長する「心臓修復パッチ」

1つ目は、胸部外科学教室の根本慎太郎先生による「心臓修復パッチ」のプロジェクト。福井の老舗繊維メーカー・福井経編興業株式会社と、国内の大手繊維企業グループと共に研究開発を行う。ちなみに根本先生は、池井戸潤の小説『下町ロケット2ガウディ計画』で、心臓外科医・一村教授のモデルになった人物だ。

根本 慎太郎 専門教授

根本先生は、先天性心疾患を持つ新生児や子どもを対象に年間約100件の手術をする。先天性心疾患の中で、数が多く複雑な疾患(ファロー四徴症など)において、細くなった肺動脈を広げるために、血管の狭いところを開いて血流を修復する“当て布”として用いるのが心臓修復パッチである。

現在はゴアテックス(Gore-tex)やウシ心膜で作られたパッチが使われているが、経年劣化や伸展性に限界があることが課題だった。

根本先生 手術時の子どもの心臓は成長途中です。当然、ゴアテックスは成長しませんし、ウシ心膜も硬くなって縮こまってしまうのでまた血管が狭くなる。筒状に使った場合には5年後に50%の子どもが再手術を受けている現実があります。子ども、そしてその家族にとって大きな負担となる手術は、できるかぎり一回で終らせたい。

再手術を回避するには、成長に対応する心臓修復パッチがあればよい——埋め込んだ後は自己組織に置き換わる糸で、子どもの成長とともに伸びていくような布素材の心臓修復パッチをつくれないだろうか? 根本先生が温めていたアイデアは、福井経編との出会いによって一気に現実味を帯びた。

パッチ実物写真

福井経編は、根本先生が望んでいた「子どもの成長に合わせて面積が4倍まで伸展する布」を編む技術を持っていた。また、自己組織に置き換わる生体吸収性ポリマー糸の知識を持つ大手グローバル企業とも協働が実現した。

根本先生 この心臓修復パッチはハイブリッド構造。生体吸収性ポリマー糸と非吸収性ポリマー糸の2種類の糸で編んだ布を、生体吸収性素材の膜と複合化しています。

心臓血管に縫い込むと、まず生体吸収性の膜が溶けた部分に自己細胞が入ってきます。次に、生体吸収性ポリマー糸で編んだところが2年間をかけてゆっくりゆっくり溶けてさらに間に細胞が入ってくる。そして最後は、特別な3D構造の編み方をした非生体吸収性ポリマー糸が成長に合わせて広がり、組織が成熟して行くように設計されています。

生体吸収性膜との複合化、物性評価、デザインの最適化、さらに薬事申請から販売までを、国内大手繊維企業グループが担う。同社はヘルスケア事業部を持つ、医療分野での製品化・販売のプロフェッショナルとして、心臓修復パッチの製品化をトータルでコーディネートしている。

プロジェクトチームの目標は、2021年の製品化だ。経済産業省、AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)の「医工連携事業化推進事業」に二期連続で採択され、トータル5億円近い補助金を獲得。大型動物を用いた実験では、1〜2年後の経過でパッチの繊維を軸として自己細胞ができあがってきていることが顕微鏡で確認されているという。

※映像は研究段階の製品イメージです

自分の膝を温存できる「半月板再生基材」

2つ目は、整形外科学教室の大槻周平先生が取り組む、半月板を再生させる基材(scaffold)の開発。生体吸収性材料に強みのあるグンゼ株式会社と共に研究開発を進めてきた。半月板は膝関節のなかでクッションの役割をする組織。激しい運動時のケガや加齢による変性によって損傷する。

大槻 周平 講師

大槻先生 半月板損傷を治療する場合、ヨーロッパでは、縫合、部分切除、同種半月板移植、人工半月板移植、そして我々が取り組んでいる半月板再生scaffoldと5種類の選択肢があります。しかし、日本では事実上、縫合と部分切除の2種類しかない。半月板切除を行うと、変形性膝関節症のリスクは14倍にもなってしまうんです。

国内には変形性膝関節症に悩む患者数が1000万人以上(潜在患者を含めると2400万人以上、厚生労働省)いるとされる。変形性膝関節症が進行すると人工膝関節を入れることになり、スポーツどころか日常生活にも支障をきたしてしまう。患者さまのQOL向上のために、「自分の膝を温存できる半月板scaffoldをつくれないだろうか」と大槻先生は考えた。

scaffoldの材料として、大槻先生が注目したのは人工硬膜シートなどに用いられるポリグリコール酸(PGA)。すでに、臨床でも使われているPGA素材を持つグンゼに打診し、協力関係を築いた。データの評価・コントロールは、大阪大学発のベンチャー企業・株式会社プロテクティアに依頼。3社恊働でAMED申請を行い「医工連携事業」として1億円を超える予算も得た。

現在は、大型動物での臨床実験を進めている。scaffoldの移植から8週間後、半月板組織の経過を確認したとき、大槻先生は「これはいける!」と声に出して喜んだという。

大槻先生 8週間後には、自己組織がscaffoldの表面を覆っているのを肉眼で確認でき、なおかつ三角形の半月板様のかたちが整いはじめていました。さらに、自己細胞に置き換わったscaffold内部には血管ができ、栄養を運んできてくれていることも確認できたんです。


scaffoldを使用する際には、アレルギーや炎症反応、副作用が心配される。しかし、8週間後の経過では問題となる反応は見られず、非常に期待できる結果が得られている。

大槻先生 僕らのグループが思い描いているのは、自分の膝を温存できる人を増やすこと。スポーツ選手の方には、このscaffoldで手術をして選手を続けられるようになってほしい。高齢でO脚を伴っている方は矯正手術をしてscaffoldを入れて痛みなく歩けるようにしてあげたい。僕らのscaffoldは人工関節のインプラントより安いので、医療費削減にもつながると思います。

失われた骨を再生する「チタン人工骨」

3つ目は、口腔外科学教室の植野高章先生と、金属熱加工のパイオニア企業・大阪冶金工業株式会社による「チタン人工骨」のプロジェクトだ。

チタンは非常に硬い金属で、生体適合性も高い。体内に入れると周囲が石灰化する「骨誘導」というユニークな性質もある。植野先生が事故や病気で失われた顎などの骨再生に、チタンの応用を考えはじめたのは10年以上前のことだった。

植野先生 ぐっと噛みしめると、歯は1本当たり60kgの力がかかります。骨にはもっと強い力があるので、強度のない人工骨では破損してしまう。人の身体と全く同じかたちにつくれて、骨が誘導されてくる素材としてチタンに着目しました。

しかし、チタンの硬度は一方でネックにもなった。自由に曲げたり、削り出せないからだ。突破口が見えたのは2年前。経済産業省が主導する「積層造形の埋め込み型臓器再生プロジェクト」の勉強会で、植野先生は大阪冶金工業が持つチタンの積層造形技術を知ったという。


植野先生 大阪冶金工業さんは、粉末化したチタンをレーザーで溶解・凝固して3D形状を造形する「積層造形法」により、短時間で複雑なものづくりをする技術を持っていました。CTで撮った患者さんの顎のかたちに合わせてコンピュータで設計すると、たった1日で人工骨をつくることができるんです。

さらに、植野先生は硫酸と塩酸の溶液に浸した後、600℃の高温中で乾かしたチタンを使用すると、骨誘導性がさらに高まるという研究結果も得た。

植野先生 もともとは骨を再建する補助道具として考えていたのですが、チタンのなかに骨がどんどん入ってくるのであれば、骨本体として働いてもらうことができる。次世代の骨形成型積層造形自由チタン人工骨という名前をつけました。
  
人間の顔は、非常に複雑な構造をしている。たとえば下顎の骨を失うと、顔は大きく歪んでしまい、食事もままならなくなる。チタン人工骨が完成すれば、顔の骨を失った患者さんのQOLを大きく向上させることができる。

※手術イメージ図

現在は、本院倫理委員会の許可を受けて臨床研究を進めている。すでに10人の患者さまにチタン人工骨移植を行い、全例において経過は良好だ。

植野先生 我々のゴールとしては、症例を選びながら少しずつ大きな骨の再建に取り組んでいくこと。今は顎の一部ですが、やがては顎全体、そして全身の骨の再建へと挑戦していきたいですね。

将来的には内臓領域への応用も考えられている。臓器再生における課題のひとつは、スペースメイキングとフレームワークの問題。軟組織に適応できるより繊細なチタン繊維で臓器のフレームをつくれば、今までにない新しい再生臓器が生まれるかもしれない。

夢を実現するのは「determination」と「endurance」

医療素材開発に携わる者にとって、製品化に向けた最大の壁となるのが、医薬品医療機器等法の承認を得るために行われる「治験(Clinical Trial)」。本記事で紹介したプロジェクトも、それぞれに治験に向けた準備をはじめている。

動物実験による実証試験と、実際の患者さまで行う治験の難易度はまったく別次元だ。有効性のみならず、高い安全性が要求される。PMDAの厳しい審査は、並大抵のことではクリアできない。とりわけ、冒頭で紹介した心臓修復パッチのように小さな子どもを対象とする治験はその最たる例だ。

根本先生 心臓を止めて行う我々の手術は、ただでさえ命の危険を伴います。しかも、複雑な心疾患に対する難易度の高い手術であればなおさらです。初めはなるべくシンプルな結果が見える疾患を選びながら、治験を組む必要があります。

しかし、新しい医療素材と治療法を患者さまに届けるには、どんな高い壁も越えていかなければならない。根本先生は、チームを支えている強い力についてこう語る。

根本先生 ここまで来られたのは、僕だけの力ではありません。一緒に実証してくれる仲間、そして福井経編さんやパートナー企業グループの気合いの入り方が全然違うんです。それぞれのメンバーに、determination(決心)とendurance(忍耐・持久力)があるからこそ前に進めるんです。

2017年10月、ようやく根本先生はウィーンで開かれた欧州心臓胸部外科学会の演台に立てた。海外展開を視野に入れた、国際的な特許戦略の申請を待っての発表だった。

「この分野の開発での第三極として、ヨーロッパで軽くジャブを打ってきたよ」と根本先生は笑顔を見せる。

根本先生 このプロジェクトは、僕個人の業績のためではなく製品を開発して、医療に反映させること。それが本当のイノベーションです。一人でも多くの子どもを一回の手術で元気にしてあげるためなんです。今でも、先天性心疾患の子を持つお母さんから「先生がつくっている心臓修復パッチはいつできますか?」と連絡がくる。患者さんに求められるものが現実となることが、一番うれしいよね。

All大阪医科大学で研究開発に取り組める環境が医工連携を成功させ、新しい医療素材を生み出す豊かな土壌を育みつつある。大阪医科大学発の新しい医療素材が、多くの患者さまの健やかな未来をつくる日はもう遠くない。