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乳がん治療と看護学

看護研究から臨床へのアプローチ

Episode
006
Published
Keywords
  • 乳がん
  • リンパ浮腫
  • 生活改善
  • QOL

Introduction

女性のがん罹患数の1位は「乳がん」。がんの中では、乳がんの手術は短時間で行うことができ、予後も比較的良好とされている。がん全体の5年相対生存率は65.8%であるのに対し、乳がんは92.7%に達する*。
 
しかし、乳がん治療は再発・転移予防のため5〜10年のスパンで続く。「再発」のリスクもあり、「リンパ浮腫」などの関連症状とも常に向き合っていかねばならない。長期にわたるがん治療と日常生活の中で、看護は、どのような役割を果たしているのだろうか。

*国立研究開発法人国立がん研究センター「がん診療連携拠点病院等院内がん登録生存率集計」2018年9月発表

再発と診断された患者さまに寄り添うために

がんの予防啓発から、手術、治療から社会復帰へのサポート、そして終末期ケアまで。そのすべてのプロセスにおいて、がん患者の心身をサポートするのが「がん看護」だ。がん看護学を専門とする鈴木久美先生は、乳がんの啓発教育、診断・治療期の看護介入など、乳がん看護に関する研究を重ねている。

鈴木 久美 教授

2019年には、「再発」乳がん患者への看護実践をテーマとする研究論文を発表した。

鈴木先生 「患者さんへのインタビューから、再発の診断・治療期の気持ちの落ち込みは非常に大きく、回復にも時間がかかるとわかってきました。まずは、患者さん自身が抱えている葛藤を整理していただくことが重要だと考えています」。

「再発しないために、こんなに頑張ってきたのに」という怒り、費用のかかる抗がん薬治療を受けることへの経済的な心配、終わりが見えない治療を続ける心理的な不安などが絡まって、患者さんの葛藤は深まる。

鈴木先生は再発がん患者への看護実践を充実させるために、化学療法を受ける患者さんの対処力を高める看護介入プログラム開発に着手した。患者さんの語りに看護師が耳を傾ける《ナラティブ・アプローチ》を通じて、「再発の診断を受けたときの怒りや葛藤、治療への抵抗感」を和らげることにフォーカスするという。

府川 晃子 准教授

鈴木先生とともに本テーマに取り組む府川晃子先生はこう語る。

府川先生 「看護師は、医師と患者さん双方の考えが両方わかる立場にいます。患者さんの苦痛や苦悩に耳を傾けながら、『なぜこの治療が必要なのか』『患者さんは治療や疾患についてどのように考えているのか』を伝えることで、医師と患者さまの間を橋渡しできる役割なのかなと思います」。

患者さまの行動変容を促すには?

乳がん治療の手術後に発症しやすい病気のひとつに「リンパ浮腫」がある。

手術でリンパ節を切除したり、放射線治療でリンパ節が傷ついたりすることで発症し、腕や脚の腫れ、運動障害などを引き起こす。発症時期は、術後すぐということもあれば、10年以上経ってから発症するケースもある。リンパ浮腫の完治は難しいが、マッサージなどのケアにより進行を止めることはできる。

成人急性期看護学を専門とする赤澤千春先生と寺口佐與子先生は、乳がん術後のリンパ浮腫に関する研究を行っている。

赤澤 千春 教授

赤澤先生 「リンパ浮腫は、生涯つきあっていかなければならない病気。リンパの流れが悪くなる要因に《感染》と《肥満》があるので、リンパ浮腫予防のために、術後はしっかりと感染予防や体重管理をしていくことが必要です。ただ、入院中から予防を呼びかけていても、なかなか意識して生活を続けるのは難しいのです」。

寺口 佐與子 准教授

寺口先生 「乳がん術後にリンパ浮腫になった患者さんへのインタビューを通じて、リンパ浮腫発症前後の日常生活の特徴、体重増減を調査しました。その結果、体重が増加しても『ホルモン剤投与の影響だ』と考えてしまい、生活の見直しや体重を管理する行動につながらない傾向が見られました。次の段階では、予防期の患者さんを対象に、体重と上肢の周囲径の測定やご自宅での日常生活の実態を調査しました。調査期間中は体重増加がみられない傾向にあったため、予防期の介入研究を継続していきたいと考えています」。

リンパ浮腫は早期に発見してケアを継続すれば、日常生活に支障のないレベルを維持できる。しかし、「患者さん自身にケアを継続してもらう」自己管理こそが、リンパ浮腫患者の看護における最大の課題となっている。

現在、赤澤先生と寺口先生は毎週水曜日に「リンパ浮腫看護外来」を開設。リンパ浮腫の患者さんに日常生活指導と複合的理学療法の自己管理を指導している。

赤澤先生 「患者さんの行動変容をどのように促すか、ということも看護研究の課題のひとつです。患者さんは『ケアの成果でこれだけ改善しましたよ』とお伝えすると、そのときはケアの効果を実感して喜んでくださいます。これは自己効力感を高めることになり、行動変容につながります。しかし、一時的な自己効力感だけで人の行動を変えることは難しいので、新しい方法も模索しています」。

赤澤先生は、スマートフォンのアプリを利用して、患者さんの自己管理の継続状況や症状を確認し、適切なアドバイスを行えるシステムの構築を目指すという。

エビデンスに基づく看護実践を行うために

医学は人体の構造や機能、疾病や治療法を研究するのに対し、看護学は「新生児から高齢者までのすべての人のあらゆる現象」を対象として研究する。そして、患者だけでなくその家族や地域も含むため、テーマによってさまざまな研究手法が取られている。

鈴木先生 「質的研究を行うときは社会学や心理学、哲学の手法を参考にしますし、実験研究を行うときは医学系の手法を用います。看護学独自の手法があるというよりは、看護では、明らかにしたい現象によってさまざまな研究手法を組み合わせて看護研究を行っています」。

府川先生 「看護学は、人間に関わるすべてのことを研究する学際的な学問です。医学や薬学、リハビリ、心理学、患者さんと関わるなかでは法律や経済の知識が必要になることもあります。やればやるほど領域が広がっていきますね」。

看護研究は、看護の臨床現場で「経験的に」行われてきたケアや暗黙知を「科学的根拠」に基づいて可視化することを目指す。本記事でお話を聞いた4人の先生方はどなたも、臨床現場での勤務経験を背景として、それぞれの研究を進めている。

鈴木先生 「本学附属病院では、看護部も医師の先生方も、看護研究に対する理解があり、介入研究も好意的に受け入れてくれます。看護ケアの質を向上させることはどんどん取り入れようという方が多いのです」。

病院との密な連携によって積み重ねられた研究の成果は、「エビデンスに基づく看護(Evidence-Based Nursing)」として臨床現場に展開され、患者さまをよりよく支える看護ケアにつながっていく。患者さんのQOL(Quality Of Life)を改善し、生活上の支援を行うこともまた、看護の重要な役割なのである。